目を閉じると、かえって眠れなくなる理由

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目を閉じた瞬間に、意識がはっきりしてしまう夜

布団に入り、
そろそろ眠ろうと思って目を閉じた瞬間、
かえって意識がはっきりしてしまう。
そんな夜があります。

目を閉じる前までは、
それほど強く眠れない感じはなかったのに、
暗闇に入った途端、
考えごとが浮かんできたり、
身体の感覚が気になり始めたりする。
「目を閉じたら眠れるはずなのに」
その前提があるほど、
この違和感は不思議に思えるかもしれません。

目を閉じることは、
眠りの合図のように扱われがちです。
だからこそ、
目を閉じても眠れない自分を、
どこかおかしいのではないかと
感じてしまう夜もあります。

けれど、
目を閉じると眠れなくなる感覚は、
決して珍しいものではありません。
それは、
眠りに入れない証拠というより、
意識の向きが、
その夜は少し内側に寄りすぎていた、
という状態なのかもしれません。

まずは、
「目を閉じれば眠れる」という前提を、
その夜だけ、
そっと脇に置いてみてもいいのかもしれません。


目を閉じれば眠れる、という前提が重たくなるとき

眠れない夜、
多くの人は、
「早く眠らなければ」と考えます。
その流れで、
目を閉じることが、
一種の努力のようになることもあります。

「ちゃんと目を閉じている」
「もう何分も経っている」
そうやって、
眠りに向かっているはずの行為を、
確認し続けてしまう。
けれど、
眠りは、
確認すれば近づくものではありません。

目を閉じること自体は、
眠りの条件の一つかもしれません。
でも、
それを「うまくやろう」とした瞬間、
意識はかえって目覚めてしまいます。
目を閉じている状態を、
保とうとするほど、
感覚は鋭くなり、
眠りから遠ざかっていきます。

これは、
意志が弱いからでも、
集中できていないからでもありません。
眠りは、
操作や努力に反応しない領域です。
目を閉じた途端に眠れなくなるのは、
努力の方向を間違えた結果ではなく、
そもそも努力が効かない状態に
入っていたというだけのこと。

「目を閉じているのに眠れない」
その事実を、
自分の欠点として扱わなくていい。
そう考えられるだけでも、
夜の緊張は、
ほんの少し緩むことがあります。

目を閉じると眠れなくなる夜には、
「ちゃんと眠る動作」をしているはずなのに、
結果がついてこない、という感覚が残りやすくなります。
そのズレが、
焦りや自己点検を生み、
さらに意識を覚醒させてしまうこともあります。

けれど、
眠りに入るために必要なのは、
正しい手順を踏むことではありません。
目を閉じる行為が、
その夜の身体にとって
少し重たい合図になっていた、
という場合もあるのです。


視界が消えたあと、意識が内側に集まりすぎる現象

目を閉じた瞬間、
視界が消えると、
意識は行き場を失います。
外の情報が遮断されることで、
自然と、
内側の感覚が前に出てくる。

考えごと、
身体の違和感、
呼吸のリズム。
それまで気づかなかったものが、
次々に浮かび上がってくる夜もあります。

それは、
異常なことではありません。
目を閉じることで、
外向きだった注意が、
内側へと戻ってきているだけです。
けれど、
その変化に戸惑うと、
「この状態をどうにかしなければ」
という思いが生まれやすくなります。

考えが浮かぶたびに、
止めようとする。
身体の感覚が気になって、
確認し続ける。
そうしているうちに、
意識はますます内側に集まり、
眠りとは反対の方向へ向かってしまいます。

正しいことをしているはずなのに、
楽にならない。
目を閉じているのに、
休まらない。
その違和感は、
やり方が間違っているというより、
意識の向きが、
その夜の眠りと合っていなかっただけ
なのかもしれません。

夜は、
何も考えず、
何も感じない状態に
ならなくてもいい時間です。
目を閉じて、
内側が騒がしくなる夜があっても、
それは、
眠れない証明ではありません。

ただ、
意識が内側に寄りすぎている状態。
そう捉えるだけで、
自分を責める理由は、
少し減っていきます。


目を閉じる行為と、夜の環境との関係

目を閉じると眠れなくなる夜を、
「自分の内面の問題」として抱え込むと、
出口が見えなくなることがあります。
でも、少し視点を外に向けてみると、
目を閉じるという行為そのものが、
環境との関係の中で起きていることが見えてきます。

目を閉じると、
視覚からの情報が一気に減ります。
それまで当たり前に受け取っていた外の刺激が消え、
空間とのつながりが薄れる。
その変化は、
人によっては、
安心よりも不安定さとして感じられることがあります。

外の世界との接点が急に途切れることで、
意識は内側に引き戻されます。
それは、
心が騒いでいるからではなく、
環境の変化に、
自然に反応しているだけです。

昼間は、
目を閉じることで落ち着ける人でも、
夜は、
その切り替えが、
強すぎる刺激になることがあります。
目を閉じる行為が、
その夜の環境と、
うまく噛み合っていなかった。
そう考えると、
「どうして眠れないのか」という問いに、
無理に答えを出さなくてもよくなります。


眠りの入り口を一つに決めないという選択

「眠るときは目を閉じるもの」
この前提は、
とても自然に共有されています。
だからこそ、
目を閉じても眠れない夜は、
想定外の出来事のように感じられるのかもしれません。

けれど、
目を閉じることが合わない夜があるのも、
不思議なことではありません。
その日の身体の状態、
気持ちの張り具合、
環境との距離感。
それらが重なって、
その夜の感覚が生まれています。

「目を閉じても眠れない」
という状態に、
評価をつけなくていい。
正解から外れた夜として、
扱わなくていい。
合わない感覚が出てきた夜も、
そのまま通り過ぎていけます。

正解を作らないという選択は、
眠りを諦めることではありません。
毎晩同じ入り口を通らなくてもいい、
という余白を持つことです。
その余白があるだけで、
夜は、
少し息をしやすくなります。


今夜、無理に目を閉じなくていい

この記事を読みながら、
「じゃあ、どうすればいいのか」
と思ったかもしれません。
でも、今夜は、
答えを探さなくて大丈夫です。

目を閉じると眠れない夜があっても、
それは、
何かが欠けている証拠ではありません。
ただ、その夜の感覚が、
そうだっただけ。

眠れない理由は、
一つに決まっているわけではありません。
目を閉じることが前に出てくる夜もあれば、
別の感覚が主役になる夜もある。
それは、
人によっても、
日によっても違います。

この記事は、
目を閉じて眠ることを
正解に戻すためのものではなく、
目を閉じると眠れなくなる自分を、
責めなくていい場所をつくるためのものです。
読んだだけで、
それで十分です。

次の夜、
また違う感覚が気になったとき、
別の視点が、
そっと用意されているかもしれません。

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